その他一般の方向け日常雑感

諏方の国とアサギマダラ考

諏方の国とアサギマダラ考

                                  常盤光秀

 諏訪の遠近の山を晩夏から初秋にかけて散策していると、木漏れ日の落ちる林の中で、優雅に遊びたゆとう、かなり大きな蝶に邂逅することがありましょう。いかにも上品でこちらを意識せず、身繕いをひたすら行っているように感じられます。アサギマダラ(浅黄斑)に他なりません。少し調べてみると、遠く台湾や中国より春から夏にかけて渡ってくる唯一の蝶でした。そして、秋になると再び南へ帰る、その準備をしているところに巡り逢ったのでした。

 このような渡りを何十万年も以前から繰り返していることに、いまさらながら感心するだけです。宇宙ができて、銀河系ができて、その中に太陽系があり、地球がある。日本が形づくられ、生命が誕生し、人類が誕生し……最初から数えると、優に138億年。蝶たちの生命は、人類より遥か昔から現在まで続く営みの時間です。

 兎角、人の世は自らの行動に何らかの意味付けをし、正当化しようとしてきました。が、人類以外の生き物はそれに拘泥することはありません。

 およそ片道2000㌖に及ぶ毎年の渡りをどのように考えたらよいのでしょう。

アサギマダラ(浅葱斑、学名:Parantica sita)は、チョウ目タテハチョウ科マダラチョウ亜科に分類されるチョウの1種。翅の模様が鮮やかな大型のチョウで、長距離を移動する。

 諏訪の蝶たちは南アルプスと天竜川に挟まれた伊那谷から秋葉街道の風の通り道に沿って南下します。所々で休み、フジバカマの蜜を吸いながら、これから目指す太平洋の大海に飛び立つ準備をしています。南信濃から三河へ向かい鳳来寺山を眼下に知多半島にて一休み。伊勢湾を飛び越えて紀伊半島の先端部で最後の休憩を入れます。

 志摩大王崎は海からの強い風に岸壁は梳られ、いかにも西方浄土への旅立ちに相応しい景色です。諏訪という地名は「スワ=沐浴する岸」の謂れから諏方諏訪へと変化してきました。

 凡そ500里の旅を木の葉のような華奢な体躯で旅をするのです。風の道が有るやもしれませんが、特段の意味合いはここでは溶解してしまいます。南大東島、沖縄、台湾、中国へと進み、春になると間違いなく倭の国、諏訪へ帰ってくるのです。今度は奄美大島を北上し、九州大分の姫島で一服し、出雲、若狭、越前、越後から信州の諏訪へと舞い降りる。この繰り返しが何十万年も続いてきました。

 「まれびと」のように、時を定めて他界より訪れ、神話の国をもすべて俯瞰してきました。諏訪神社の祭神の「洩れ矢神」と「タテミナカタ」の戦いなど昨日の出来事とも言えます。

 令和の世に永らえて、ふと振り返る刹那、植物や動物、昆虫などに想いを膨らませ、歴史や風土に考えを至らせば、自らの営みの儚さにたどり着くばかりです。

 コロナ後に構築される新しい世の中に、細やかな希望を託すことは私たちの永遠の願いかも知れません。生きてもせいぜい120歳と考えれば一時の猶予も残されてはいません。

 ホームページに寄せられた興味深い情報は何にも代える事のできぬ宝物だと思います。

 


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